【コラム】今治は何もないところ?(管大樹)

アラーキー

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東京から今治に移住してきたと言うと、大抵の人がこういった質問を投げかけてくる。

「今治はどうですか?」

この質問の意図は「この街を東京と比較してどう評価しますか?」だと捉えている。

地域おこし協力隊として今治への着任が決まる前、今治市役所との面談の中で、僕は当時の担当課長に次のような質問をした。

「今治はどんなところですか?」

課長は次のように自分の住む街を評した。

「つかみどころのない街です」

山と田んぼと畑しかないド田舎でもなければ、オシャレな店がたくさん立ち並ぶような大都会でもない。生活を送るに困ることはないだろう。

でも、これと言って特徴がないのが今治である、と。

また、今治にIUターンして来た人たちへのインタビューの中で、次のような質問をしてみたことがあった。

「今治に住んでみてどうですか?」

3人目の子どもが生まれたのを機に、奥さんの祖父母が住む今治に越して来たという男性は、今治を次ように語った。

海でも山でも子ども達を遊ばせることができる。イオンモールに行けば、家族一緒に食事や買い物を楽しむこともできる。子育てには申し分ない。

以前は大阪に住んでいたというその男性は、さらにこう続けた。

「でも、それだけなんですよね」

今治には、海もあるし山もある。

川もあるし、近くに温泉の湧いている渓谷まである。世界屈指のサイクリングコースの一端でもある。スーパー、コンビニ、ドラッグストア、真夜中でも食事が取れる店もあれば、夜遅くまでハシゴ酒をすることもできる。

造船やタオルといった主要産業もある。市内には9つの高校、中高一貫校や私立中学もあり、大学もできた。病院もいくつもあるし、美容院はそこかしこにある。

そして、元日本代表監督がオーナーを務めるサッカーチームのホームタウンでもある。

今治に限らず、地方に住む人は、自分の住む地域をよくこう表現する。

「何にもないところ」

 インフラが整っていて、生活に困るようなことはないのに「ここには何にもない」という虚無感を抱くのはなぜか?

「何もない」と感じる原因は何なのか。地方に欠けているもの。それは、好奇心を触発する刺激だ。

 例えばの話。

地方に住むある中学生がYouTubeを観て「デスメタル」というジャンルの音楽に感銘を受けたとする。友人にその動画を観せても、良さをわかってくれる人はいない。

それもそのはず。デスメタルとは、「死」や「地獄」などのテーマを、高速で複雑なリズムに乗せて、唸り叫ぶように歌うヘビィメタルのジャンルの一つ。万人受けしない音楽なのだ。

ある日彼は、遠く離れたある地域にデスメタルのファンだけが集う「BAR デスメタル」が存在することを知る。店内ではデスメタルの曲が流れ、客達はそれを聞き、グラスを傾けながらデスメタルについて語りあうのだ。週末ともなればライブも開催され、多くのデスメタルファンで賑わう。その地域には、店が成り立つほどのデスメタルファンが存在している。

もっとデスメタルのことを知りたいのに、地元にはデスメタルを理解する人間はいない。いつしか彼はデスメタルを探求するために、そのBARがある地域を目指そうと決意する。「BARデスメタル」がある憧れの地。東京を。

 都会では、細分化されたマニアックな文化「サブカルチャー」のコミュニティが次々に作られる。

一部の愛好家にしか愛されないようなものでも、圧倒的な人口ボリュームを背景に、グループはある程度のサイズとなり、コミュニティが成立する。このコミュニティが受け皿となり、どんなに変な趣味・志向を持っていたとしても、仲間が出来、その価値を共有することができる。さらにコミュニティは、情報の発信拠点として店舗を構えるようになる。

そして、いろいろな個性が次々に拠点としての店舗を構え、「文化の多様性」を形成する。やがて様々な店が立ち並び、それらは地域を彩り、歩いて見てまわるだけでも退屈しない街を作り上げる。 

 商業的成功を収めるためには、多くの人に利用してもらわなければならない。人口の少ない地方で、マニアックでマイナーなものをコンテンツとしていては成功することができない。だから商売では必然的に「みんなが好きなメジャーなもの」が商品やサービスとして扱われるようになる。

みんなが好きなものは、みんなに向けられている。だから個人的な趣味・志向を満たしてはくれない。ありきたりのものが店頭に並ぶ。

つまり、受け身である消費者は、新たに好奇心を触発されることはない。これこそが、地方に「何もない」と感じさせる虚無感をもたらす原因である。

 島根県の沖。日本海に浮かぶ離島の町 海士町は、こんなキャッチフレーズを挙げている。

「ないものはない」には2つの意味が込められている。

一つは、「生活に必要なものは島に全部ある」こと。もう一つは、「都会のようになんでもあるわけではない」ということ。

だから、この島に住む人は、欲しい文化は自らの手で作り上げなければならないのだ。

 地方には何もないわけではない。

人の数が少ないから、マニアックで尖った文化が育ちにくく、刺激が得られないのだ。何もないと感じる状況を悲観するのではなく、自分が好きになれそうなものを探し、それを最初はたった一人でも探求しながら、情報を発信し続け、徐々に仲間を作っていく。

そういった「行動する人」の集積により、街は彩られていくのではないだろうか。

たくさんの文化がある。その存在を知り、心を動かされながらも、いつか与えられることを期待して待つだけでは、何にも起こらない。

「知っているという知識」に価値はない。

「やってみるという行動」だけが未来を変える。

今治でデスメタルは流れない。自分で演奏するしかない。

<筆者プロフィール>

管大樹(かん だいき)1978年山形市生まれ。都内でバリスタ、レストランマネージャー、専門学校設立プロジェクトを経て独立。外食コンサルタントとして、教育カリキュラムの作成・企業向けセミナー等を行う他、日本の食文化の再発見を目的としたイベント企画、レストランのスタートアップサポートを行う。201610月より地域おこし協力隊として今治へ移住。翌年4月に商店街に中高生向け施設「F;今治の中高生のひみつきち」、10月に小学生向けプログラミング教室「テックプログレス 今治連携校」を開設。子ども達の未来を見据えた事業の開発から商店街エリアの再生を目指す。(デスメタル好きなわけではなく、本稿でマニアックな文化の一例として取り上げた)

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