ばりじんNo.15 MANZAI塾長の森さん!
かつて吉本興業に所属した漫才の元プロ!
今回のばりじんのご紹介は、アーリーブルーメルの恵美須店、上徳店、フジグラン店のオーナーを務めます、森純野さんです。
この写真はかの有名なキングコングの西野さんをイメージした写真。
何を隠そうあのキングコングの西野亮廣さんも同期だったという森さん。
そうなんです。彼は高校を卒業してすぐに、大阪にあります、吉本興業の養成所であります、NSCに入り、お笑いの道を目指しました。
その同期にはキングコングや、ウーマンラッシュアワーの村本さん、前回のM−1で決勝まで進出しましたスーパーマラドーナなど、現在テレビでもよく見るメンバーと一緒にお笑いを芸人を目指しました。
実は、中学生のとき、荒んでいて全然笑わない時期があって、その頃に見たいとしこいし、やすきよの漫才を見て、爆笑したそうです。
その時に自分もお笑い芸人になりたいと強く意識するようになり、中学卒業してすぐに大阪に行きたいと考えるも、親に反対され、断念。高校へ進学。
「高校ではカモフラージュのために、バンドとかやってましたね。」
と、こっそりお笑いへの欲求を溜め込み、高校卒業後念願のNSCへ。
両親との約束で、10年間で売れなかったら諦めると約束して夢を追い、大阪へ。
このよく聞くお笑い養成所のNSCですが、実は授業は1日1時間だけ。
それが1年間続くそうです。
半年で半分以上いなくなるような学校で、卒業したら自動的に吉本と契約できるわけではなく、そこからさらに数百組が参加するオーディションライブで勝ち抜いて、ようやく契約に至るという狭き門。
そこは今治で一番おもしろい男。
この頃、一週間単位で解散・結成を繰り替えしていた頃に、現在のウーマンラッシュアワーの村本さんに声をかけ、コンビを組み、見事このオーディションに勝ち抜き、吉本クリエイティブエージェンシーに所属することに。
その当時のコンビ名は「武蔵」。
M−1グランプリで3回戦まで進むも、1年ちょっとでコンビは解散。
その後新しくコンビを組み、もっと大きなチャンスを掴みたいと思い、一気に東京へ上京。
上京するものの、新しいコンビ「ギャンブラー」は売れることができず、極貧生活が続き、
「めっちゃ貧乏で、お金なくて3日間ティッシュ食べて過ごしたこともありましたよ。ティッシュに醤油をつけて。笑
ネピアが一番のどごしが良かったですね!」
衝撃的な事実を聞かされましたよ。
これを笑いながら話してましたが、それもそのはず。
このエピソードも含めて、お笑い芸人として夢を追った12年間は、お金にならなくても好きなことを純粋にできた時期はとても楽しかったと語ります。
その後、バイク事故や、約束した10年間を経過したこともあり、今治へ帰省。
5年くらい前からアーリーブルーメルの3店舗を任されることに。
謎の片手ジャガーポーズが出てます。
しばらくはお店のことだけを考える時期が続きましたが、最近になって地域を盛り上げたいという気持ちをもつようになり、11月から「MANZAI塾」なるものを立ち上げ。
ただこれは、よくあるUターン者を増やしたいというものではなく、
「ぼくが開催するMANZAI塾から、バッチバチに売れる人が出てきてほしいですね。地元に戻って生活とかではなく、地元に帰る時は、凱旋帰省であってほしい。そして有名になって、塾長であるぼくを有名にしてくれたら最高ですね。」
実はこの塾生の中には、高校を卒業してすぐに松竹芸能に入るという高校生もいるらしく、今後の活躍を楽しみにしているとのこと。
「ぼくの今の野望は、一つはお笑い文化を作り、M-1決勝に出るような人間を育てることと、アーリーブルーメルだけではなく、地域のニーズに合った事業を立て、会社を大きくして上場したいですね。」
と、大きな野望を語ってくれました。
現在2回の開催で毎回10数名を集めるMANZAI塾。
今治から銀シャリを。さらにはダウンタウンを。
そんなワクワクする活動です。
彼の活動も、彼の塾生たちの活動にも今後目が離せません。
アーリーブルーメル
MANZAI塾塾長
森純野