【コラム】”旅と絵” 歩き遍路での思わぬ出会い(近藤穂波)

アラーキー

みとん今治の代表してます!三十路まっしぐら!

こんにちは、はじめまして!

絵を描くことと旅することが大好きで、一年の半分は旅して、もう半分は絵を描くだけで生きていけたらいいのに~なんてぼんやり考えているアラサーです。

今月から半年間、みとん今治さんで連載コラムを書かせて頂くことになりました!

どうぞよろしくお願いします。

さて今回は簡単な自己紹介と、この連載で書いていきたいことをざっくり、それから今回の“歩き遍路での思わぬ出会い”についてお話しをしようと思います。

はじめまして

まずは自己紹介から。

私は幼少の頃から探検することと、絵を描くことが大好きで、日が暮れるまで外で遊んでいました。性格は頑固な上に負けず嫌いで木登りも一輪車もローラースケートも何でもできるまでやり続けるので年中ケガが絶えず、色黒、そして夜は自作のストーリをひとり喋りながらずっと絵を描いているような、我が道を行くちょっと偏屈で扱いづらい子供でした。

現在、性格はずいぶん丸くなりましたが、好きなことは今も変わらず、国内外を旅して歩きまわり、旅で得たインスピレーションを絵に落とし込み、または空想の中で遊びながら絵を描いています。

ここ数年は海外で生活する時間が長く、日本で個展を開くことがあまり出来ていませんが、一番最近の個展ではお遍路をした後にPEACH!という友人のヴィンテージショップで絵画展を開き、個展に来られたたくさんの方にお買いあげ頂いたり、オーダーメイドの絵画をご注文頂いたりと、楽しく活動しています。

私が連載中に書きたいこと

ここでは私が旅を通して得たことをお話ししていきたいと思っています。

そもそもなぜこんなふらふらと生きているアラサー一般人の旅の思い出をシェアしたいのかというと、「人の人生ってこんなに面白いことがバンバン起きて、めちゃくちゃ楽しくって素敵だよねー」ということを声を大にして言いたいのです。

私の心や人生にとって、旅は大きな意味を持っていて、旅で出会った人達から生き方の刺激を受け、旅で得たインスピレーションはそのまま無意識に描く絵にも表れ、旅そのものが人生の分岐点になっていたこともありました。

ここでは、そんな旅の面白い出来事や、奇跡のような出来事をシェアしていきます。

つたない文章ですが気長に読んでいただけると、とっても嬉しいです。

旅の醍醐味!思いがけない出会い

〜ただ「歩いて旅がしたい」という衝動に突き動かされ歩き遍路へ〜

2年前の9月1日、私はふらりと歩き遍路に出かけました。

このお遍路という旅が私の人生をガラリと変えることになるとも知らずに。

この年の2月から4月の間、私はセブ島に語学留学に行っていました。歩き遍路はこのセブ島留学のわずか数か月後、一年後にはカナダのワーキングホリデーも控えており、金銭的にも時間的にも余裕のない中で、「歩いて旅したい!」という漠然とした衝動に駆られ、気がつけば60番札所を目指し出発していました。

〜お遍路とは〜

四国八十八ヶ所巡りとも呼ばれ、弘法大師(空海)によって開かれた88の霊場(お寺)を順番にまわっていく1,200年以上続く巡礼のことです。この巡礼をしている人達はお遍路さんと呼ばれます。

四国に住んでいればお遍路さんを目にすることは日常茶飯事で、もはや景色の一部と言っても過言ではないほど身近な存在です。

しかし、そんなお遍路さんと呼ばれる巡礼者も県民よりも県外や国外から来ている人の方が多いのでは?というくらいで、出発日の2週間前まで自分がお遍路さんになろうとは露にも思っていませんでした。

〜感謝カンゲキ雨霰とはまさにこのこと〜

私はこの四国に住みながら、お接待を今まで一度もしたことがなかったのですが、菅笠をかぶり金剛杖をついて歩いていると、飲み物や食べ物を頂いたり、「喉乾くやろジュース買いや~」とお小遣いを頂いたり、本当にたくさんの方からお接待をして頂きました。

ほんの一瞬の出会いですが、心細く独りで歩いていると、そのひとつひとつの出会いとお喋りがとても温かく尊いものに感じます。

現に一期一会という言葉があるほど、ささやかな言葉を交わしたり、ひと時居合わせただけだったり、そういう人生の中での一瞬の出会いでさえ70億人いる世界人口の中でばったり会えたというのは感動的なことだなと思ったのです。

しかしまた一期一会とは、たとえ毎日会う人だとしても、その時を一緒に過ごし言葉を交わす一瞬一瞬が全く同じ瞬間のない一度きりであり、相手を大切に思ってその時を精一杯楽しみなさいと言っていると思います。

もっと言えば、太陽とか風向きとか植物や生物の在り方で「この世界には一瞬たりとも同じ景色が無い」ということに歩いていて気づかされました。聞こえてくる音や、その時の心情でも目に映る世界はガラリと姿を変え、心に映ります。

〜お遍路直後に開催した絵画展〜

2年前に開いた個展はそんな一瞬のキラメキや安堵感、歩き遍路で心に残ったひとコマを絵にしたものの発表会となりました。

思えば、この個展の開催場所となったオーナーとの出会いも不思議なご縁ですし、本当に人生は感謝しかないです。

〜人生は小説より奇なり〜

さて、私のお遍路道中はというと順調だったのは実家を出発してから愛媛県の土居まででした。

三角寺から宿へ向かう途中、道を間違え真逆の方向へ進んでしまい、そのことに気づかず歩き続けること2時間。出発からたったの3日目で山の中で迷子です。

肝心の地図はというと、私は数あるお遍路地図の中から一番大雑把に書かれた車用の地図を買ってしまっていたので何の役にも立たず、Google mapで調べると宿まで徒歩5時間…。「え、山の中で日が暮れるじゃん」あの時の私の焦りと迅速な対応を思い出すとすごいな~よくやったな~と今なら思えます。

どうやって山の中から脱出したかというと、まずその日に泊まる予定だった宿に電話をしてどうにかこうにか場所を説明し、現在地を把握。そして後ろを振り返り奥様二人組の車をヒッチハイクし、ちょうど途中まで行く方向が同じだったのでお互いの目的地の分岐点まで乗せてもらいました。

すごく素敵なお二人で、女の子の一人お遍路なんて危ないから一緒に霧の森までほうじ茶ソフトを食べて帰ろうという誘いを後ろ髪引かれる思いで断り、また数時間歩き、残り1キロばかりの地点で心配して様子を見に来てくれた宿のおじいちゃんに車で拾ってもらい、無事宿にたどり着きました。

私は30年生きてきましたが、本当に人に恵まれていると思います。

さて、宿の門をくぐると、玄関の前がお庭になっていて左手には美しい鯉が泳ぐ小さな池があり、玄関先の縁側では外国人がビールを飲みながら本を読んでいて、なんとも絵になる風景だな~と見惚れてしまっていました。

部屋に案内されるや否や「もうすぐご飯だから早くお風呂に入って洗濯物も済ましておいで」と。言われるがまま洗濯までを済ませて居間へ行くと美味しそうなご飯が並んでいました。

食事の席では宿のおじいちゃんが次の目的地である雲辺寺への行き方を事細かに教えてくれたり、明日の宿をまだ予約していなかった私の為に宿を取ってくれたりと、本当に良くしてくれました。

次の日の朝、朝食後お遍路さんは各々のタイミングで宿を出発するのですが、前日豪快に迷子になった私のことが心配だった宿のおじいちゃんは、あの玄関に座っていた外国人に「あの子と一緒に歩いてあげて」と頼んでくれたらしく、外国人は私のことを玄関で待っていてくれ、この後私が17番札所で一度お遍路を中断するまでずっと一緒に歩いてくれたのでした。

というか、この2年後、彼と私は残りの人生をもずっと一緒に歩くことを決意するのですが、まさかこの出会いがこうなるとは、あの絵のような風景を見た時には想像すらしていませんでした。

もし私が9月1日に出発していなければ一生会えなかっただろうなとか、もし山の中で迷っていなければ一緒に歩くこともなかっただろうなとか、もしセブ島留学をしていなくて全然英語が喋れないままだったら仲良くもなれなかっただろうなと思うと、すごくたくさんの偶然が重なった出会いだったなと思います。

〜旅が私の人生の方向を変えた〜

つい2年前まで英語も話せず、3年前までは海外にすら行ったことがなかった私ですが、来年にはベルギーに移住します。

今回は不思議なご縁のお話でした。しかし振り返ってみると、私の人生の最初の分岐点はセドナ旅行だったのだと思います。

次回はそのセドナ旅行についてお話ししようと思います。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

では、次回もお楽しみに!

 

近藤 穂波

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